家族信託とは、高齢の家族の財産管理や認知症対策・相続対策に非常に効果を発揮するあたらしい生前対策の制度です。
家族信託を活用しておけば、親が認知症になっても子供がスムーズに親の財産を管理できますし、遺言書ではできない資産承継も可能です。
とはいえ実際に活用するとなると、どんなメリットやデメリットがあるのか、検討する時に気をつけておきたいことなどは事前に押さえておきたいですよね。
今回のトピックスでは、家族信託のメリット・デメリット、利用の際の注意点をご紹介していきます。
1.家族信託の基本的な仕組み
家族信託とは、信頼できる家族に自分の財産を託し、託された家族が適切な方法で財産を管理・運用、処分をすることが出来る、信託契約の一種です。
家族間で契約が完結しますので、他の生前対策と比較しても自由度の高い財産管理方法と言えます。
【家族信託の基本構成】
- 委託者=財産を信託する人(主に親など)
- 受託者=財産を信託され管理・運用・処分等をする人(主に子など)
- 受益者=信託財産から発生する利益を受ける人(主に親など)
- 信託財産=不動産や預貯金、有価証券など
家族信託の概要や活用事例、手続き方法などについては別のトピックスにてご紹介していますので、そちらも併せてご確認ください。
2.家族信託のメリット5選
家族信託には認知症対策のほか、様々なメリットが存在します。
代表的なメリット5選を挙げてみましょう。
ひとつずつ確認していきましょう。
2-1.認知症による資産凍結を予防
家族信託が広まってきた背景には、親の認知症による財産凍結の問題があります。
親が認知症になり意思表示が難しくなると、口座名義人の財産保全を理由に、例え家族であっても預貯金を下ろすことができません。
また、自宅などの不動産の修繕や売却といった契約行為もすることができません。
認知症が悪化した後にも利用できる対策として成年後見制度が挙がりますが、親族が後見人に選ばれる可能性が低いことや、被後見人本人のためでない財産の管理・運用・処分行為はできず、利用しづらいという実態があります。
【事例1】
- 父親と息子の家族が同居することになり実家の増改築を予定
- 不動産の名義は父親名義、費用も父親の預金口座から利用
- 工事着手後、父親の認知症が一気に進行し、意思表示が難しい状況
例えば上記事例1の場合、何も対策していないと父親の意思確認取れず、その後の契約行為がストップしてしまい、何も出来なくなる可能性があります。
家族信託を利用し、
- 委託者兼受益者=父親
- 受託者=息子
上記のように、予め不動産の名義を父親→息子にしておくことで、業者とのやり取りや契約行為をすべて息子が対応することが出来ます。
また前述の預貯金の引き出し等も一部を信託財産にしておくことで、工事費用の引き出し等も滞りなく息子が手配することが可能です。
2-2.委託者の希望を叶える柔軟な財産管理・承継が出来る
家族信託では、信託契約の内容によって不動産の管理・運用・処分など、柔軟に財産管理することが可能です。
家族間の信託契約なので、委託者に報酬を支払う必要もありません。
財産管理を代理できるというと成年後見制度も挙がりますが、成年後見制度では、本人の財産を守ることに重点を置かれます。
言い換えれば、「本人の財産を減らさないこと」が目的のため、本人の財産が減る可能性がある投資行為などは却下される可能性が高いのです。
【事例2】
- 収益不動産の経営をしている賃貸オーナー兼会社経営者
- 自身の判断能力の衰えを感じ、数年中に息子に会社を譲る意向
- 物件の管理も息子に任せたいが、賃貸収入は自身の老後のために使いたい
上記事例2の場合、賃貸オーナー兼会社経営者という性質上、将来に向けた投資が必要になります。
何の対策もせずに認知症になってしまった場合、成年後見制度を利用する以外の方法はありません。
しかし成年後見制度では原則、将来儲かるかどうかわからない投資に対しては実行できません。
損失を出す可能性がある以上、リスクを取る行為は制限されてしまうのです。
→成年後見申立て~手続きの流れと費用、メリット・デメリット~
家族信託の場合、
- 委託者兼受益者=オーナー兼経営者
- 受託者=息子
委託者(オーナー兼経営者)が財産管理・運用指針を定め、その方向性に沿う範囲内であれば、受託者の裁量で柔軟に財産の管理・運用・処分をすることができます。
ただし受託者がある程度大きな権限を持つため、最初は信託財産の範囲を小さくし、後に信託財産を追加し裁量を大きくしていくなど、より細やかな信託設計が求められます。
2-3.倒産隔離機能により信託財産が守られる
【事例3】
- 家族信託を利用して、息子が父親の預貯金を管理している
- 受託者である息子が事業に失敗し、多額の借金を背負い自己破産することに
上記事例3のように、家族信託が行われているうちに受託者が自己破産してしまった場合、信託財産はどうなるでしょうか。
自己破産した息子の財産は当然差押えの対象となってしまいますが、信託財産は差し押さえの対象にはなりません。
なぜなら、息子は信託財産の管理等を行っているだけであり、実質的な利益(預貯金)は、受益者として財産権を持っている父親のものだからです。
そのため、息子の債権者は信託財産については差押えすることが出来ません。
これは『倒産隔離機能』と呼ばれており、受託者個人の私有財産と委託者から託された信託財産は法的に分けられていますので、信託財産が破産等の影響を受けることはありません。
ただし、受託者が自己破産した場合、その時点で信託契約は終了となってしまいます。
そのため、信託契約が終了しては困るという場合、予め第二受託者を設定しておく等の対策が必要となります。
また、倒産隔離機能は受益者である父親が自己破産した場合には作用しませんのでご注意ください。
2-4.世代を超えた自由な財産承継が可能
【事例4】
- 戸建てに妻と二人暮らしの夫には、前妻との子がいる
- 自分が亡き後は、そのまま妻に住んでもらいたい
- 先祖代々の土地のため、ゆくゆくは前妻との子に土地を継がせたい
- 妻と前妻の子の仲は良いが、養子縁組はしていない
- 妻に相続させると、その後は妻の親族の方に流れてしまうので悩んでいる
遺産相続先を指定するというと真っ先に『遺言』が思い浮かびますが、遺言では「遺言者→受遺者」への相続は指定できても、二次相続先を指定することは出来ません。
受遺者が遺言者の遺産を相続した時点で、その遺産は受遺者のものとなるからです。
家族信託では受益者を指定することで遺言同様の効果が得られ、更に受益者を連続で指定すれば、自身が亡くなった後の次の相続についても、誰に相続させるのかを指定することが出来ます。
上記事例4では、
- 委託者兼第一受益者:夫
- 第二受益者:妻
- 受託者兼財産の帰属権利者:前妻の子
とすることで、自身が亡き後一人暮らしとなる妻の家を受託者として前妻の子が管理し、妻が亡き後は前妻の子が相続する、という流れを指定することが出来ます。
これは家族信託だからこそ成せる大きなメリットといえるでしょう。
2-5.不動産の共有回避や共有トラブル防止の効果がある
【事例5】
- 親から相続した賃貸不動産を現在、3人の兄弟(それぞれ妻あり)が共有状態で所有している
- 長男にしか子はおらず、次男・三男は妻亡き後は最終的に甥である長男の子が相続してもらって構わないという意向
- 兄弟仲は悪くないが、3人とも既に高齢のため今後の管理に不安を抱えている
不動産の共有状態にあるとき、これまでは、共有を解消する為には相手の持分を買い取るか、売却して売却代金を分ける位しか方法がありませんでした。
家族信託を使うことで、実質的に共有解消に近い状態にできます。
これにより不動産の共有によるトラブル防止や、不動産を売却できなくなる「塩漬けの防止」が可能となるのです。
上記事例5の場合、
- 委託者兼第一受益者:3人の兄弟
- 第二受益者:3人それぞれの妻
- 受託者兼財産の帰属権利者:長男の子
と設定することで、3人の兄弟夫婦が亡くなるまではそのまま賃貸収入を得ることができ、最終的に長男の子が不動産を相続することが出来ます。
3.家族信託のデメリット5選
これまで家族信託の利便性について挙げてきましたが、当然デメリットも存在します。
こちらもそれぞれ確認していきましょう。
3-1.当事者を長期間拘束する
家族信託は契約ですので、委託者と受託者の合意がないと成立しません。
それに対して、遺言は自分一人の判断で作成できるので、家族信託と比較すると手間がかかりません。
家族信託にも遺言と同じような効果を持たせられますが、一次相続のみの、遺言と似た効果を得るだけの目的であれば、家族信託を利用する必要性は薄いです。
また、家族信託契約中は、受託者は信託契約の履行をしなければなりません。
メリットでご紹介したように、家族信託では自分が亡くなった後の相続も指定できますが、家族信託の当事者を長い年月にわたり信託契約の影響下に置くとも言えてしまいます。
家族信託を検討する段階では、信託によるメリットと、その影響下に置かれる家族とのバランスを取ることを考えて家族信託を設計するのが良いでしょう。
時間的拘束や手間がかかる物件の管理などがある場合は、受託者に対して月にいくらかの報酬を出すことも必要かもしれません
3-2.信託財産と個人の財産との損益通算が出来ない
委託者が複数の事業をやっている場合に、損益通算や損失の繰越を経営に生かしている方もいます。
ただし、家族信託をした信託財産については、1つの信託契約の固有の財産という考え方により、信託していない事業との損益通算ができません。
信託契約を複数に分けた場合も、信託契約をまたいでの損益通算は出来ないので注意しましょう。
複数の事業を持っている人が家族信託を活用する場合には専門家とよくシミューレーションし、リスクも検討した上で信託設計をすることをおすすめします。
3-3.家族信託を行うこと自体は節税対策にはならない
一般的に生前対策というと「相続税対策・節税対策」と考える人が多いようです。
誤解されがちなポイントですが、家族信託自体には節税効果はありません。
家族信託とは、あくまで家族間における財産の信託契約だからです。
例えば親名義の不動産を信託財産に含めていた場合、不動産等の名義は子に移ります。
しかし、その不動産の財産権(受益権)は親の元に残るため、信託したからといって財産の評価額を下げることにはなりません。
親に相続が発生したときには、財産権(受益権)は信託契約で決めた人に承継され、その時に相続税と同様の税額を納付する必要があります。
その時に慌てないために、子が相続税を納税できるのかは事前にシミュレーションをしておくと安心できます。
また、家族信託契約で将来必要なときに相続税対策もできる様な内容にしておけば、結果として相続税が節税になる可能性はあります。
家族信託をした場合に、受託者に発生する作業として、税務署へ書類の提出を求められることがあります。
例えば信託した賃貸不動産から発生する収益の額が3万円を超える場合には、毎年、信託の計算書を作成し提出する必要があります。
他にも提出書類を求められることがありますので、こちらも専門家に確認をすることをおすすめします。
3-4.成年後見制度のような身上監護権はない
身上監護権とは、医療・介護などに関する契約を本人に代わって行う権利です。
成年後見制度の場合は、後見人が身上監護権を持って医療・介護などに関する契約を本人の代わりに行えます。
それに対し家族信託は、あくまで信託財産(預貯金・不動産等)に関する信託契約ですので、身上監護権を受託者に与えることはできません。
例えば認知症対策として、親の財産管理は家族信託のみで行うことが出来ますが、実態としてほとんどの場合、その他の医療や介護の手続き、ホームへの入居手続き等が発生する事が予想されます。
そのため、家族信託を利用して信託財産管理を行い、本人の固有財産管理と身上監護には
任意後見契約を併用するケースがあります。
3-5.遺留分侵害額請求の対象となる可能性がある
家族信託契約によって決めた後継者に財産権(受益権)を承継する際に、遺留分を持つ相続人がいる場合、遺留分相当額を請求してくる可能性があります。
家族信託契約は比較的新しい制度ですので、信託財産承継に対して遺留分請求の対象になるかどうかの判例は少なく、明確に定まっていません。
ただし委託者の財産のほとんどを信託財産にするような、明らかに遺留分逃れととれる行為に関しては、公序良俗違反に該当し信託契約無効となった判例が既に出ています。
遺留分侵害額請求は家族仲を壊してしまうことにもつながるため、遺留分が発生しないように設計することや、あらかじめ家族会議をしておくなど、未然に防止できる工夫をとっておくことも重要です。
4.家族信託を活用する際の注意点
ここまで家族信託のメリット・デメリットをご紹介してきました。
実際に家族信託を利用してみよう、となった後にも注意しておきたいことがあります。
4-1.実務に精通した専門家を選ぶこと
家族信託を提案して設計できる司法書士等の専門家は現時点ではあまり多くありません。
家族信託の専門家が少ない理由は主に2つあり、
- 結論が判例等で確立していない部分が多く、尻込みしてしまう
- そもそも家族信託についての理解が浅い
という点が挙げられます。
「家族信託を利用したい」と思われたら、まずはその専門家のホームページ等を良く確認して、家族信託に対応できる専門家かどうかを判断しましょう。
また、表面上では対応できると言っても、実は実績がない、というケースもあります。
相談時に具体的な方法等を確認して答えることが出来るか、などを確認するのも良いでし
なお、専門家ですら難しいと感じる家族信託ですから、ホームページ等の情報を確認して自力で何とかするという事は、非常に危険な行為です。
生前対策として正しい効果が得られず、費用も時間も浪費する結果になりかねませんので、必ず専門家にご相談ください。
4-2.専門家への報酬を「必要経費」と割り切ること
前述した通り、家族信託は最先端の生前対策手法と言えますので、かかってくる報酬・費用は決して安いものではありません。
専門家報酬について、統一の基準もありませんので、内容については、100万円を超えてくるケースもよくあります。
家族信託に関する報酬が他の業務に比べ高額なのは、多方面の法的知識を要することや家族会議に何度も同席することを想定しているからでもありますし、契約を締結したら終わりではなく、今後信託契約が継続する限りずっとサポートする前提で関わるからでもあります。
両親の老後の財産管理やこれからの資産承継の道筋をきちんと作れることを考えれば、信託の実行時にある程度まとまった費用がかかっても、それ以後のコストはほとんどかかりません。
ご不安な方は、その他の生前対策方法のランニングコスト等も加味し比較検討すると良いでしょう。
4-3.家族信託に対する家族の理解を得ておくこと
そもそも論として、委託者がいくら家族信託をやりたいと考えたとしても、家族の誰も受託者をやりたがらない場合、家族信託はできません。
例えば、実家の戸建てを目的とした家族信託の場合には、受託者には建物について管理する義務があります。
仮に老朽化した建物が倒壊し損害賠償が発生したら、信託財産以上の損害だった場合には、受託者自身の財産から補填しなければなりません。
また、毎年かかる固定資産税の納税義務あります。
このように内容によっては受託者の責任は重いものになるため、家族の誰もやりたがらないということもあるのです。
他にも、親の財産管理として複数の子のうちの1人が受託者として家族信託する場合に、他の子らに何も知らせず勝手に進めてしまった結果、後から文句が出てくることもあります。
信託財産は受託者の財産とは別として考えられますが、制度の理解を得られていない他の子らは、『親の財産を勝手に使いこんでいるのでは??』と不要な疑念を持ち、最終的に家族間の争いに発展しかねません。
こういった事態を防ぐためにも、あらかじめ家族信託を進める前に家族会議をしておくことが重要です。
特に家族信託は他の生前対策と比較しても理解しずらい制度ですので、ご自身で説明するのが難しい場合、専門家を交えて説明するのが効果的です。
第三者である専門家が間に入ることで、不要な疑念や制度に対する理解不足によるトラブル防止のも繋がるでしょう。
5.家族信託を「目的」ではなく「手段」として活用しよう
近年は専門家のみならず銀行や不動産会社、あらゆる周辺分野で家族信託をすすめています。
家族信託は財産管理・資産承継をするにあたり効果的な手法であることに疑いはありません。
ただし、ご自身のご家族の状況への『最適解』かどうかは、冷静に判断する必要があります。
まずは、ご自身や家族が何を実現したいのかという「目的」を明確にしなければ、そのための家族信託の設計はできません。
相談者やそれに関わる専門家が、何を実現したいのかという「目的」をおろそかにしているケースがありますので注意しましょう。
デメリットにも挙げましたが、財産管理以外の認知症対策を目的とした場合、家族信託だけでは不十分です。
その場合は家族信託と任意後見契約をセットで準備しておくと、お互いの不十分な箇所をカバーできるため、想定外のことが起きても対応できる範囲を広げることができます。
また、家族信託は認知症になる前に締結する信託契約であるため、その後に生じた年金や元々信託財産に含めていない財産についてはカバーできません。
そのため、信託財産以外については、遺言書を作成することで、本人固有の財産について誰に相続されるのか指定することも可能です。
家族信託は、認知症による資産凍結対策、資産凍結回避の先にある相続税対策や空き家対策、事業承継対策、共有不動産の塩漬け回避など、様々なニーズに応えうる「手段」であるということを念頭に置き、ご自身や家族にとっての最善策を検討していきましょう。
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