「親亡き後問題」とは一般的に、障がいを抱えた子やひきこもり状態となっている子がいる家庭で、親が亡くなってしまった後の生活が立ちゆかなくなってしまう事を指します。
今回のトピックスでは、親亡き後問題でどのようなトラブルが想定されるかを確認し、その対策としての家族信託と成年後見制度の活用方法をご紹介いたします。
1.障がい等を抱える子の将来に想定される問題
知的・精神・発達・身体のいずれかに障がいを持つ人は、判断力や交渉力、そして情報リテラシーの面において、親であったり、行政サービスであったりと、何らかの支援を受けているケースが一般的です。
実際にどのような心配があるかと言えば、大きく2つ挙がります。
- 親が認知症になった後、自身と子の生活をどのように支えていくか
- 親が亡くなった後、のこされた子の生活をどうやって支えていくか
上記に共通しているのは、「子に判断能力が無い状況で、親が支援を出来ない状況になってしまう」という点です。
1に関して、両親が健在なうちはまだ良いですが、加齢とともに、支援している側の親が認知症等になるリスクも考えておく必要があります。
親が認知症となると財産が凍結されてしまい、障がいのある子の為に適切な財産管理が出来なくなる恐れがあります。
特に預貯金等の引き出しができなくなってしまうと、必然的に子への生活費給付も出来なくなるため、生命の危機に直結する大きなリスクがあります。
2に関しては、具体的に次のような点が挙げられます。
- 生活費の支払い・各種手続きが滞る
- 財産管理がずさんになり、金銭トラブルに巻き込まれやすくなる
- 生活拠点の維持・確保が出来なくなる
- 支援を引き継ぐ人の確保・支援体制の維持が難しくなる
銀行口座の管理や水道光熱費等のライフライン・家賃等の支払い、障害年金の受給等の行政手続きなど、細かい支援を挙げていくとキリがありませんが、支援体制の継続が出来なくなると、生活水準が一気に低下するリスクがあります。
そのため、親亡き後問題の大きな課題である、「財産管理」と「身上監護」について、親が健在なうちから何らかの対策をしておく必要があるでしょう。
今回ご紹介するのは、「家族信託」と「任意後見契約」を利用して、財産管理と身上監護の両方の問題を解決する方法です。
2.財産管理には「家族信託」が効果的
親亡き後の財産管理や給付に関しては、従来は遺言書で「負担付遺贈」をするケースが一般的でした。
負担付遺贈とは、遺言を書くことにより、障がいを抱えた子供の面倒を見ることを条件に、信頼できる人に財産を遺贈する方法です。
しかし、負担付遺贈では、遺贈する財産の使いみちについて指定できるわけではないので、受遺者が財産を使い込んでしまう可能性があります。
そもそも、遺言は遺言者の意思だけでできる単独行為なので、遺言で遺贈を受けても受遺者は遺贈を放棄できますので、子供の面倒を見てもらうには、よほど信頼できる人に頼まなければ安心感が得られないでしょう。
また、遺言は亡くなってから効力が生じるため、亡くなる前に親が認知症になった場合への対応ができません。
そのため、親の認知症対策に対応しつつ確実に子への財産支援をしていく方法として、家族信託の利用が効果的とされています。
家族信託とは、家族や親族など信頼をおける人の間で行う、非営利目的の信託契約の一種です。
家族信託の基本構造は次のとおりです。
- 委託者:信託財産を託す人
- 受託者:契約に則り信託財産を管理・運用等する人
- 受益者:信託財産から発生する利益(生活費や賃料など)を受ける人
家族信託の基本について詳しく知りたい方は、別のトピックスにてまとめていますので併せてご参照ください。
→【遺産相続対策に効果的な家族信託の基本と具体的な活用方法】
ここで親亡き後問題を解決するための家族信託の設定方法について、事例を挙げて見ていきましょう。
【事例 】
- 父亡き後、母が障がいを抱える長男と二人で暮らしている
- 長男には成年後見人(専門家)を就けている
- 母の財産は、父の遺した自宅兼賃貸アパートと預貯金のみ
- 離れて暮らす次男との関係性は良好
- 最近疲れやすくなった母は、自分と健康と将来の長男の支援を心配している
上記事例では、長男の財産管理人として成年後見人が就任しています。
長男自身の財産管理に問題はありませんが、母が日々の支援をしているため、今後の対策として、母の認知症対策と、母が亡くなった後の相続財産の管理体制に焦点が当たります。
ここで次のようなスキームで家族信託を設定していきます。
- 委託者兼第一受益者:母
- 受託者:次男
- 第二受益者:長男
- 残余財産の帰属権利者:次男
①母が健在なうちは、これまで通り母が長男への生活費給付を行う
②母の判断能力が低下したら、次男が母の財産管理をし、長男への生活費給付を行う
③母に相続が発生後も、第二受益者である長男に対し、次男が生活費給付を行う
④長男に相続が発生すると信託契約は終了し、残余財産は次男へと帰属する
上記の流れのように、認知症発症後の母の財産管理を次男が行うことで、賃貸アパートの管理がおろそかになる事態を防ぐ事が出来ます。
また、信託契約に沿って、認知症発症後の母の生活費及び長男への生活費給付を次男が行うため、母が亡くなった後も問題なく長男への生活費給付が可能となります。
長男が亡くなった後の残余財産の帰属先を次男に設定しておくことで、受託者という負担ある立場を次男に依頼しやすくなります。
場合によっては、受託者への信託報酬を設定することで、より責任をもって受託者の役割を全うしてくれることでしょう。
3.身上監護は家族信託ではできないため任意後見契約を併用する
前述のとおり、財産管理に家族信託が有効なことに疑いはありませんが、今回のように親亡き後問題を全て解決するには家族信託だけでは限界があります。
- 信託財産以外の固有の財産については管理できない
- 施設の入居等、身上監護に関する契約等の代理はできない
家族信託では信託契約で定められた信託財産についての管理・運用等は出来ますが、あくまでも「信託財産の管理・運用等に関する事」のみとなります。
それ以外の、例えば委託者の年金口座等の管理や、日々のライフラインの支払い等を代理する事は出来ません。
また、施設に入居する必要が出た場合などの契約書関係だったり、いわゆる身上監護に関する内容については、「成年後見人」のみ代理出来るとされています。
そのため、こういった身上監護をカバーするために、「任意後見契約」を併用すると効果的です。
任意後見契約とは、成年後見制度の一種で、将来の被後見人となる人が予め、将来の「任意後見人」となる人を指定しておく後見契約を指します。
一般的に言われる「成年後見」とは法定後見制度を指しますが、こちらでは成年後見人となる人の候補者を選定する事は出来ますが、実際に後見人が誰になるかの決定権限は家庭裁判所にあります。
そのため、弁護士等の専門家が成年後見人と選任されることもあり、当事者にとって望まない形での後見となってしまうケースもあります。
その点、任意後見契約では被後見人となる人が自分の意思で後見人となる人を選任できるので、後見開始となった時に、どのようにしてほしいなど細かな希望を事前に伝えてくこともできます。
ただし、任意後見契約の場合、後見開始後に後見人が好き勝手出来ないように、家庭裁判所で選任された「後見監督人」が就くことは念頭に置いておきましょう。
今回の事例では、家族信託設定と同時に、母と次男の間で任意後見契約を締結しておくことで、信託財産については家族信託で、それ以外の固有財産と身上監護については任意後見契約でカバーすることで、母の認知症対策と長男の支援を並行して継続していくことが可能となります。
(今回の事例では既に長男に成年後見人が就いていますが、障がいを抱える子に後見人がいない場合は、同様に成年後見人を就けることも検討しておく必要があります。)
4.生前対策・認知症対策は専門家に相談する事が重要
このように家族信託は、非常に便利な生前対策・認知症対策の方法ではありますが、家族信託ではカバーしきれない点も存在します。
今回の事例では問題ありませんでしたが、受託者として頼める親族がいないケースなどでは、信頼置ける知人に頼む場合などもあるでしょう。
そのような時は、お礼の意を込めて、委託者固有の財産から、遺贈という形で受託者にある程度譲るなどの方法を選ぶ事も出来ます。
いずれにしても、生前対策・認知症対策は状況に応じて、それぞれのご家庭に最適化した対策をとる必要があります。
そのため、司法書士をはじめとする専門家に相談する事が重要と言えるでしょう。
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