1.家族信託の当時者が死亡してしまったら
家族信託とは、家族や親族などの信頼できる誰かに財産を託し、管理・運用・処分等を行ってもらうという民事信託契約の一種です。
信託可能な財産は預貯金・不動産・有価証券等があり、信託契約の内容も当事者間である程度自由に設計できるため、新たな生前対策の手法として近年注目を集めています。
信託契約によって違いはありますが、家族信託の基本構造は次に挙げる当事者の関係で成り立っています。
- 委託者=財産を信託する人
- 受託者=財産の管理・運用・処分等をする人
- 受益者=信託財産から発生する利益を得る人(不動産の賃料、預貯金など)
財産の所有者の認知症対策などの場合、財産を預ける人が「委託者兼受益者」として、複数の立場を兼ねる事もあります。
今回のトピックスでは、委託者・受託者・受益者の当事者が信託契約の途中で死亡してしまった場合の扱いを、ケース毎に解説していきます。
1-1.「●●●の死亡により信託は終了する」と定めがある場合
信託の終了事由に「●●●の死亡により信託は終了する」と定めがある場合、●●●が「委託者」「受託者」「受益者」のいずれの場合にも、そこで信託終了となります。
1-2.「帰属権利者」の指定について
帰属権利者とは、何らかの理由による信託契約の終了または解除に伴い、その信託の残余財産の帰属先として指定された人を指します。
信託法では、残余財産の帰属について次のように定めています。
<信託法第182条>
残余財産は、次に掲げる者に帰属する。
一 信託行為において残余財産の給付を内容とする受益債権に係る受益者(次項において「残余財産受益者」という。)となるべき者として指定された者
二 信託行為において残余財産の帰属すべき者(以下この節において「帰属権利者」という。)となるべき者として指定された者
2 信託行為に残余財産受益者若しくは帰属権利者(以下この項において「残余財産受益者等」と総称する。)の指定に関する定めがない場合又は信託行為の定めにより残余財産受益者等として指定を受けた者のすべてがその権利を放棄した場合には、信託行為に委託者又はその相続人その他の一般承継人を帰属権利者として指定する旨の定めがあったものとみなす。
3 前2項の規定により残余財産の帰属が定まらないときは、残余財産は、清算受託者に帰属する。
上記を要約すると、次の順に帰属権利者が確定されます。
①信託契約で指定された帰属権利者
②委託者又は委託者の相続人(帰属権利者の指定がない、もしくは帰属権利者の全員がその権利を放棄した場合)
③清算受託者(①②で帰属先が定まらない場合)
清算受託者(一般的に信託終了時点での受託者がなるケースが多い)は以下の手順で帰属権利者に残余財産を引き渡す事になります。
① 現務の結了
② 信託財産に属する債権の取立て及び信託債権に係る債務の弁済
③ 受益債権(残余財産の給付を内容とするものを除く。)に係る債務の弁済
④ 残余財産の給付
帰属権利者を予め指定しておくことで、最終的な財産の承継先を指定できるため、遺言(遺贈)同様の効果を得ることができます。
→家族信託を使って「遺言」と同様の効果を得る方法とは?|「遺言代用信託」の活用方法や遺言との違いについて解説
2.信託契約の委託者が死亡したケース
実は、信託開始後は「委託者」が登場する機会はそれほど多くありません。
というのも、信託開始前は委託者固有の財産であっても、信託開始後は「信託財産」として委託者の固有財産から切り離され、管理等は「受託者」が、発生する利益は「受益者」が受け取る事になるからです。
しかし、信託の変更や追加信託をする際など、委託者の同意が求められる場面もあります。
そのため実務上では、委託者が認知症等で判断能力を失ってしまったり途中で死亡する可能性を踏まえ、信託契約に別段の定めをするのが一般的です。
委託者が死亡した場合の定めが無い場合、次の2通りが想定されます。
それぞれ確認していきましょう。
2-1.遺言信託の場合
実は「遺言信託」という言葉には2種類あるのをご存知でしょうか。
- 信託銀行の金融商品である遺言信託
- 法律上の遺言信託
前者は、遺言書の作成から保管、遺言執行のサービスをパッケージ化した商品の事を指し、信託という名称ではありますが、家族信託とは異なるものです。
後者の法律上の遺言信託では、委託者が予め「信託契約に関する内容」を遺言に記し、委託者の死亡により遺言の効力が発生、信託契約が開始されるというものです(以後、本トピックス上では、遺言信託は後者を指します)。
遺言信託の場合には、原則として、委託者が死亡しても当該委託者の地位は相続されません。
というのも、「委託者の相続人」と「受益者」との関係を考えた場合、委託者の相続人ではない人や、一部の相続人のみが受益者として指定されている可能性があり、その信託財産について「委託者の相続人」と「受益者」との間には相反する利害関係が生じる事になります(=利益相反)。
委託者の地位を相続した相続人の心象を考慮すると、自分の相続分が減るような都合の悪い信託内容に関して、委託者の権利を適切に行うことができないと容易に予想されます。
そのため遺言信託の場合には、遺言者(委託者)の相続人には委託者の地位を相続させないと定められています。
また、仮に、委託者の地位は相続人に相続されるとした場合、委託者の地位を相続した相続人がさらに死亡すると、その相続人の相続人が委託者の地位を相続する形になります。
そうなると、相続が次々と発生した場合には委託者の地位を相続する者が多くなってしまい、複雑な法律関係になるおそれがあるためです。
2-2.遺言信託以外の場合
遺言信託以外の信託契約の場合、委託者の地位は原則として、相続により承継されます。
とは言え前述したとおり、委託者の相続人が複数いる場合や、受益者との利益相反が生じる可能性を考慮すると、委託者の地位を相続人に承継させる事はおすすめできません。
そのため実務上では、委託者が死亡した場合を想定し、何らかの条項を設けるのが一般的です。
2-3.自益信託の場合は登録免許税を軽減できる事もある
委託者が受益者でもある、いわゆる「自益信託」の場合、委託者の死亡に関する条項として、「委託者の地位は相続により承継せず、受益者の地位と共に移動するものとする。」等の条項を設け、委託者と受益者の地位を合わせて移動するのが一般的です。
「委託者の地位は相続により承継せず、委託者の死亡により消滅する。」等の条項を設けることも可能ですが、そうした場合、信託終了時に行う不動産の所有権移転における登録免許税が高くなってしまう事になります。
登録免許税法第7条2項(信託財産の登記等の課税の特例)というものがあり、この軽減措置が適用されると、信託終了に伴う信託不動産の引継ぎの際の登録免許税が、通常税率の固定資産税評価額の2%から0.4%まで軽減する事ができます。
不動産の評価額が高くなるほど、登録免許税の軽減効果も大きくなるので、信託設計の際にはこの点に注意が必要です。
なお、軽減税率を受けるには要件があり、下記の3つを満たす必要があります。
- 信託財産を受託者から受益者=帰属権利者(※信託終了時に財産を取得するもの)に移すこと
- 当該信託の効力が生じた時から引き続き、委託者のみが信託財産の元本の受益者であること(自益信託であること)
- 当該受益者が当該信託の効力が生じた時における委託者の相続人であること
3.信託契約の受託者が死亡したケース
家族信託は長期間に渡ることも珍しくなく、委託者よりも先に受託者が死亡してしまうケースもあります。
家族信託の契約中に受託者が死亡した場合、原則として信託契約は終了しません。
そのため、新たな受託者が信託契約を引き継ぐことになります。
受託者の地位は一身専属的なもので相続によって承継されないため、受託者の相続人であっても、そのまま受託者の地位を引継がなければいけないという義務はありません。
ただし信託法第60条の規定によると、受託者の相続人は、受益者に受託者が死亡したことを知らせたり、新しい受託者に信託事務の引き継ぎをしたりする義務を負うことになります。
新受託者の決定については、次の2通りがあります。
それぞれ見ていきましょう。
3-1.信託契約に新受託者が指定されている場合
家族信託では、受託者が死亡した場合に備え、信託契約条項に新受託者(予備的受託者)を指定しておくことができます。
新受託者が指定されている場合、当初受託者の相続人は、指定された新受託者に信託事務を引き継ぎます。
- 受益者連続型など契約期間が長期に渡る
- 受託者自身がある程度高齢
上記のような家族信託では、予め予備的受託者を指定しておくと安心でしょう。
3-2.信託契約に新受託者が指定されていない場合
下記のような場合には、新たに受託者を選任する必要があります。
- 信託契約内に新受託者の指定がない
- 新受託者に指定された人が拒否した
原則として、委託者と受益者の合意が必要となりますが、協議によっても合意が取れない場合は裁判所に選任してもらうことも可能です。
また、受託者が死亡した時点で委託者も死亡していた場合には、受益者が単独で新受託者を指定する事ができます。
なお、新受託者が指定されない状況が1年継続すると、信託契約は終了してしまいます。
受託者が定まらないまま信託契約終了となると、その後の清算手続きにも大きく影響します。
受託者が欠ける事の無いよう、信託契約時に配慮するようにしましょう。
3-3.信託事務を新受託者に引き継ぐための手続き内容
ここで、新受託者が信託事務を引き継ぐのに必要な手続きを確認しておきましょう。
代表的な信託財産として、
について触れていきます。
<不動産登記の名義変更手続き>
家族信託の信託財産に不動産が含まれている場合、不動産の名目上の所有権者として当初受託者が登記されています。
そのため、当初受託者から新受託者へと変更するため、所有権移転登記と信託登記をする必要があります。
とはいえ、新受託者が所有権移転登記手続きをすると、信託登記の受託者欄は登記官が変更してくれるため、個別に手続きをする必要はありません。
所有権移転登記は、その不動産を管轄する法務局で行いますが、新受託者は委託者と共同申請する必要はなく、単独で登記申請が可能です。
また、登記にかかる登録免許税についてですが、信託開始当初の委託者⇒受託者への所有権移転登記が非課税であるため、同様に、当初受託者⇒新受託者への所有権移転登記も非課税となります。
<預貯金などの口座引継ぎ>
家族信託で預貯金を扱う場合、一般的には委託者の個人口座とは別の「信託口口座」を開設します。
新受託者は金融機関に自身が新受託者であることを証明する書類を提出する事で、信託口口座を引き継ぐことができます。
稀ではありますが、信託口口座を開設せずに下記の口座で管理している事もあります。
- 受託者の個人口座を受託者口座として利用している
- 信託屋号口座(受託者の肩書を口座名義人名に追加した普通口座)
ただし、上記の口座については、口座開設者である受託者が死亡しているため、通常の相続手続きによる解約が必要となります。
受託者がどんなに厳密に管理していたとしても、信託口口座でない以上、金融機関での取り扱いは一般の相続手続き扱いとなるため、引継ぎに時間がかかり信託契約に支障をきたす危険性があります。
このような事態を回避するため、家族信託をする際は信託口口座を利用するのが無難でしょう。
4.信託契約の受益者が死亡したケース
受託者が途中で亡くなるケースについては、いくつかパターンが想定されます。
それぞれについて確認していきましょう。
4-1.受益者の死亡により信託終了となる場合
信託契約内で「受益者の死亡により信託は終了となる」との条項がある場合、委託者・受託者の場合と同様に信託条項に従い、そこで信託終了となります。
例えば、信託の目的が父の認知症対策の場合では、
- 委託者=父
- 受託者=子
- 受益者=父
となり、父が亡くなるとそこで信託の目的は達成されていますので、帰属権利者もしくは委託者の相続人(受託者である子を含む)が最終的に信託財産を承継します。
4-2.信託終了せずに、受益者の相続人が相続する場合
信託契約の条項に受益者死亡時の指定がない場合、当然に信託終了とはならずに、新たな受益者を決めて家族信託を継続する事が可能です。
このとき、受益者の地位=受益権は、信託財産から利益を受ける財産的価値のあるものですので、信託契約に次の受益者の指定がなければ相続の対象となります。
とはいえ、遺言書などで相続の方法を決めておかなければ相続トラブルが発生する可能性もありますので、信託契約で次の受益者の指定がない場合であっても、遺言で相続先の指定をしておくなどの対策は必要です。
<遺言がある場合>
受益権は受益者の相続財産の一部ですので、その他の財産同様、遺言がある場合はその内容に従います。
受益権の価値評価については、その他の相続財産と同様の手法により評価されます。
そのため、受益権を含む相続の内容が他の相続人の遺留分を侵害する場合、遺留分減殺請求の対象とも成り得ますので、この点には注意が必要です。
<遺言がない場合>
受益者の遺言が無い場合、他の相続財産と同様に遺産分割の対象となります。
この場合においても、通常の相続同様、遺産分割協議によって受益者の地位の承継先を決定しますが、争いが生じた場合はその対象となるのもまた同様です。
4-3.信託契約時に次の受益者が指定されている場合
家族信託の大きな特徴として、当初受益者が死亡した場合を想定して、予め第二、第三受益者と複数世代に渡って受益者を指定する事が出来ます。
「後継ぎ遺贈型受益者連続信託」などと呼んだりしますが、遺言では実現できない父⇒子⇒孫など、数世代での遺産承継が可能で、先祖代々の不動産を守りたいといった事情がある場合などには有効な手法です。
→家族信託で「先祖代々の土地」を護る方法|複数世代に渡った財産承継のやり方を司法書士が解説
4-4.受益者変更に伴う必要手続き
受益者の死亡に伴い新たな受益者がその地位を引継ぐ際に、
の2つの手続が必要となります。
それぞれの手続き内容を押さえておきましょう。
<該当する信託財産の変更登記>
信託目録の登記事項について変更がある場合、受託者は次の受益者について変更登記の申請をしなければなりません。
- 登録免許税:当該不動産×1,000円
- 不動産取得税:なし
このとき、新たな受益者は受益権を取得しますが、所有権を取得するわけではありませんので、不動産取得税は発生しません。
受益者の変更登記についての原因は、
- 「年月日●●の死亡」
- 「年月日 相続」
のどちらかで、受託者の単独申請により登記手続きを行います。
<受益者死亡による納税手続き>
前受益者の死亡を原因として新たに受益権を取得した新受益者について、「遺贈により取得した者」とみなされるため、相続税が課税されます。
<税務上の手続き>
- 相続税申告:前受益者の死亡した翌日から10ヶ月以内
- 信託に関する受益者別調書*:前受益者の死亡日が属する月の翌月末日
- 信託に関する受益者別調書合計表*:前受益者の死亡日が属する月の翌月末日
*相続税法第59条3項二より
2と3の提出に関しては、前受益者が亡くなった月の翌月末日と期限が非常に短い為、信託設計時に税理士に予め対応方法を相談しておくと良いでしょう。
5.家族信託設計には専門家の介入が不可欠
今回のトピックスでは、家族信託の当事者が途中で死亡した際の対応として、委託者・受託者・受益者についてケース毎にご紹介しました。
いずれのケースについても対応は様々で、ご自身が目的とする家族信託の内容によって、注意すべき点も異なります。
そのため、家族信託設計時には、司法書士や税理士などの専門家の介入が不可欠と言えるでしょう。
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