遺言を作成する際、大きく分けて自筆証書遺言と公正証書遺言のどちらかかが用いられます。
公証人に遺言内容を伝えて公正証書に記す公正証書遺言に比べ、自筆証書遺言は遺言者が手軽に書くことができる反面、厳格な法定要件があり、使用時に無効となってしまう事もあります。
とはいえ、公正証書遺言でも稀に無効となってしまうケースが存在します。
今回は公正証書遺言が無効となったケースについて紹介いたします。
1.公正証書遺言が無効とされる確率は少ない
公正証書遺言が無効となるケースとしては、全体の件数に対する割合としては非常に少なくなる傾向があります。
なぜならば、公正証書遺言は法律の専門家である司法書士と公証人が、遺言者本人からヒアリングした内容に沿って打ち合わせの上、作成を進めていくからです。
司法書士・公証人が関与すれば、死後の不動産の名義変更の観点を踏まえながら、不動産等の財産について、登記簿謄本・評価証明書等公的書類を取り寄せていく為、無効となるケースは皆無と言っても等し差し支えないでしょう。
しかし、稀に無効となるケースで、代表的なものが2つほどありますので取り上げてみます。
- 遺言作成時に遺言者本人が認知症等を患い、遺言能力が無いと判断されるケース
- 遺言作成時に、司法書士等の専門家が公証人との間に入らず、遺言者と公証人のみで遺言作成したケース
1-1.認知症等によって遺言能力が無いと判断されるケース
1については従来から問題視されているのですが、「避けられない」と言っても過言ではないかと思います。
なぜなら、公証人は医療の専門家でない為、『あなたは認知症であるから遺言をする能力がない』と判断が出来ないからです。
実務上、本人を目の前にしてこの事を告げるのは非常に勇気のいることで、人道的な観点からも非常に繊細な事柄なのです。
軽度の認知症患者は、通常の生活が出来て、必要最低限の質問にもハキハキと答えられる傾向にあり、初回の会話の印象では通常人となんら変わりはありません。
しかし、ずっと会話をしているうちに同じことを何度も繰り返し発言したりと、重要な財産の処分等をする能力はない、と判断される場合が一定程度あるのです。
実際の公正証書遺言の作成は、余程難しい遺言内容でない限り、最低限の本人確認をしたうえで、遺言内容を読み上げて終了します。
そこでは必要以上に認知症であるか等の確認は行われません。
ですので、相続発生後に遺言無効確認訴訟を提起された場合、当時の被相続人の状態によっては一定程度の無効確認判決が出てしまうのです。
ここで、一定程度という表現を使いましたが、認知症だから全てが無効となるわけではないのです。
1-2.認知症かどうかの判断の基準
遺言無効確認訴訟においても裁判官は、「公証人が関与して作成している遺言であるから、有効なのではないか?」との推測から入っていくのが通常です。
また、民法では遺言は15歳になれば出来ると規定されていることから、完全な成人と比べて、判断能力が乏しくても、遺言は有効との推測が働いていきます。
仮に、訴訟提起をした相続人が、当時の遺言者のカルテを主治医から取り付け、遺言能力がなかったことを立証していけば話は変わる可能性はありますので、ここでは一定程度と表現を留めておきます。
カルテが出てきた場合でも、認知症であったから即時無効との判断が下される訳ではなく、
- 当時、遺言者が置かれていた事情
- 遺言を書くに至った動機・経緯
- 遺言の内容
を総合考慮して判断が下されます。
上記から言えることは、ご高齢で遺言をされる場合、きっちりと医師の診断書を取り付けることが重要かと考えます。
医師の診断書を取り付けるのは、実務上困難を伴う事ですが、医師に粘り強く交渉をしてみましょう。
また、遺言本文以外の事項に、付言事項(法的効力のないメッセージのようなもの)を盛り込むことが出来ますので、どうしてこういった遺言内容にしたのか、経緯や動機を出来るだけ本人の言葉で表現していく事もお薦めいたします。
付言事項は法的拘束力がない、いわば遺言者の想いを伝えるための手紙のような役割を備えていますが、裏を返せば、それだけ遺言者の想いが強く反映されて書かれた遺言であるとも言えるからです。
2.遺言として有効だが、実務上で使用できない事もある
次に2の遺言者と公証人のみで作成された遺言が無効となったケースについて取り上ましょう。
こちらの場合で無効となるケースはさらに稀で、正確には、遺言としては間違いなく有効な遺言だけれども、公証人が的確にアドバイスをせずに作成したが為に手続きに利用出来なくなったケースです。
実際の実務で、使えなかった事案をご紹介しましょう。
『遺言者●●は、遺言者の長男●●が遺言者の妻●●の生活の面倒一切を看ることを条件として、遺言者の財産一切を相続させる。』
との遺言がなされたケースで、遺言者死亡後に不動産の名義変更を長男から依頼されました。
上記事案での遺言内容のうち、最大のポイントは『条件』と言う文言です。
この遺言を用いて不動産の名義変更をしようとした場合、遺言者の妻の生活の面倒一切を看た事を法務局に立証しない限り、法務局は手続きをしてくれません。
生活の面倒一切を看ることという抽象的事実の立証は、非常に困難を伴います。
法務局は裁判所と違い、過去の実質的な事実認定をすることに不慣れであり、登記申請前に相談を持ち掛けたところ、案の定、どういった書類を付ければ条件が成就したかを判断しかねるとの理由で、手続きを受付けられないとの回答が返ってきました。
3.専門家に相談すると良い理由
上記の様な内容での遺言を希望する方も一定数いらっしゃいます。
そこで司法書士が遺言作成の相談を受けた場合は、死後の不動産の名義変更まで想定して、『負担』という文言を使っていきます。
実際の遺言条項では、下記のとおりとなります。
一.遺言者●●は、遺言者の財産一切を遺言者の長男●●に相続させる。
二.前条の負担として、長男●●は遺言者の妻●●の生活の面倒一切を看なければならない。
負担という文言を使えば、前記のような条件成就の立証書類は全く不要となります。
実質的な意味内容は同じでも、条件と負担とでは、民法上の扱いが大きく変わってくるのです。
公証人は遺言者からの直接的な依頼でももちろん作成に応じてくれますが、不動産の名義変更や金融機関での預貯金解約等、相続手続きの実務の話に関しても詳しいという訳ではありません。
遺言作成をする場合、出来れば、専門家を関与させて作成を進めたほうが無難であるといえますので、遺言を作成しようとされる場合は、まずは専門家にご相談されることをお薦めいたします。
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